週刊ポスト 09/19・26日躍進合併特大号(09月08日発売)森永卓郎が大予測 オバマ大統領誕生なら「日本の株価は(日経平均)2万円!」珍しく景気のいい話が出ていたので目を通してみた。経済を解りやすく解説してくれる森永卓郎氏がペンを取っていることにもすがってみたい。日本の景気浮揚の条件を大統領選が生み出してくれるかもしれない。それは米国の規制を受けない国外取引所を含めた、エネルギー市場での投機的な取引への監視強化を柱とする原油高対策を民主党大統領候補オバマ氏がすでに発表しているからだという。そうするとどうなるか、原油が値下がりするという。加えてオバマ氏が主張しているイラクからの撤退。これが実現すれば原油価格調整の一因になるはず、と森永氏は読む。こうなれば日本経済も息を吹き返す。注目の株銘柄まで挙げている。しかし、これらはあくまでオバマ氏が大統領になったら、の話である。では共和党のマケイン氏が大統領になったら、どうだ?政策がまったく逆であるから期待できないということになるのか?森永氏にはそこまで言及して欲しかったが、それがないというのは期待薄というのが森永氏の本音だろう。いずれにしてもこの大統領選、そして日本の総選挙、このふたつでこれからの日本経済の明暗が大きく分かれる、と言っても過言ではない。 |
週刊ポスト 09/19・26日躍進合併特大号(09月08日発売)〈この国に暮らす悲劇〉姜さんの言う政権政党の危機感の無さ、これは北の湖前理事長の言動に見る角界における危機感の無さに酷似している。北の湖前理事長は問題山積してもなかなかその座を明け渡さなかった。福田総理はあっさりとその座を放り投げた。一見相反するその行動の根底に広義の意味が見出せないことについては同じである。北の湖前理事長は自分が辞めたら弟子を信用していないことになる、と言って憚らなかった。福田総理は誰もついてきてくれない、孤立していた、だから辞めることを決意したという。よしんば自民党の将来、麻生氏への禅譲を考えていたとしても、それだけのことで国民のことは視野に入っていない。偉い立場にいる人が尊敬されなくなったという。それはそこに尊敬されるだけの器の大きい正義が遂行されているとは見えないからだろう。しかし政治の主役が国民だとしたら櫻井さんの言われるように一番の責任は国民にあるのかもしれない。その現実に腹を立てているといつまでも日本という国の舵取りは誰も出来ない。とりわけ政治は我々の暮らしに、人生に直結していることを認識して注視すべきであろう。 |
週刊新潮 09/04日号(08月28日発売)(2)朝日「女性記者」を公然面罵しちゃった「森元首相の脳ミソ」このところおバカブームとは言え、さすがにこの人がそうだとは言いたくない。なぜなら一国の総理まで務めた人物、天に唾することになる。とは言え、本誌記事が事実なら、『あ〜あ、またやっちゃった!』と言わざるを得ない。芸能人でもマスコミによく噛みつく。そしてマスコミとのトラブルが起きそうになると芸能人には「プロダクション」という、泣く子も黙るバックが出てくる。政治家も「党」がついている。だらしない話だが、実際テレビ局も政治家にちょっと言い過ぎたな、と思われるときは戦々恐々である。しかし、街のチンピラならいざ知らず、本誌の一件くらいで、いくらなんでも総理まで務めた御仁が『出入り禁止にするぞっ』はないだろう。挙句に『法的措置も辞さない』とくれば、この朝日新聞の女性記者が書いて問題になったという町村派の団結力のなさに相通じることになりはしないか。そう言えば本誌に『○○の脳みそ』と出ていたがこれはそう『サメの・・・』が正解。『神の国』のみんなが知っている・・・!? |
週刊新潮 09/04日号(08月28日発売)・あとの祭り 渡辺淳一東京スポーツの一面に「星野じゃ勝てない WBCはボビー」と出ている。いまだに野球と言えば星野ジャパンの話題となる。しかし、渡辺淳一さんは夏の高校野球をとりあげた。どことどこが決勝で戦い、そして劇的な大差がついた(余計なお世話だが、気になる人の為に、17対0で大阪桐蔭が常葉学園菊川を破った事を申し上げておく)こともそれほど世間で話題になった記憶がない。だからこそ渡辺さんは高校野球をもってきたのだろう。そしてテーマはさして代わり映えしないハズの「野球と人生」。それでここまで読者を魅了するのだから、さすが渡辺さん、と言う他ない。0点のチームを落ちぶれた男に例えていたが、それでも落ちぶれた男がそう惨めに思えないのは、どこかで否定したい期待と、渡辺さんの筆致によるところが多い。でもこれが高校野球ではなくて、星野ジャパンで書かれていたらどうであろうか。とてもじゃないが耐えられない。オジサンは国際野球がトラウマになる前にWBCではとにかく後味だけは悪くしないで欲しいと願う、監督は誰でもいいから…。 |
週刊朝日 09/05日増大号(08月26日発売)重松清 〈五輪の「街」から〉(3)北京 五輪を見ない市民たち壁ひとつ隔てたそこは貧民街、バラックにやっとのことで生活している人達が映し出された。テレビをつけた途端、否応なしに目に飛び込んできた。表と裏をまざまざと見た。表は天安門広場であったろうか、あの鳥の巣であったろうか。国の威信をかけて中国が臨んだオリンピック、まさに1964年の東京オリンピックを一方では彷彿させた。しかし、当時の日本はそこまでして見て欲しくないものを隠していたのであろうか。ひょっとして小学校4年生であった僕にはわからなかっただけのことかもしれないが。それにしても体裁を最も尊ぶ国なのだろうか。そう思わざるを得ないリポートが本誌の重松さんから届けられている。あれだけテロ、テロと安全に留意し警備に万全を期したと言われている今回のオリンピック。まさか、中国政府にとって臭いものに蓋をするための厳戒態勢でもあった、ということはないだろうが、重松さんの現実のリポートからはそんな穿った見方も出てきてしまう。そして13億の国民に誇りを持たせ整然と国の繁栄のために歩を進めさせるためには「形」がどれほど重要なことかを改めて思い知らされる。 |
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