私のおすすめ

DIME 11/04日号

DIME 11/04日号(10月21日発売)

「ニッポン発の世界企業」 第13回 アダムジャパン【ビリヤード・キュー】

 ビリヤードに使われる“キュー”は一本の棒である。というよりもこのキューがなくては球を撞くことができない。野球におけるバット、ゴルフにおけるクラブに似た必要不可欠の代物なのだ。そしてこのキューにおいては世界一と称される逸品を作っているのが、日本の「アダムジャパン」であるとのこと。
 今、世界中で、ビリヤードのプロ選手たちのざっと70%の人たちが「ムサシ」を使っているそうだから世界一と言って間違いないだろう。「ムサシ」はアダムジャパンが作る注文生産品のブランド名なのだ。
 「ムサシ」がどうして世界一であるのかは単純明快で、ほとんど曲ることがないからだ。棒が曲らない。まさかと思うけれど、本当なのだ。その秘密は「ハギ」にある。1cm四方の角材を芯にして、4分割した原木で少しの狂いもなく張り合わせてゆくのだ。この手法を考えた社長の高平睦生さんは、ここにたどり着くまで、数多くの失敗をした。諸君、失敗は成功のもとだよ。

サライ 11/06日号

サライ 11/06日号(10月16日発売)

【インタビュー】酒井雄哉 (天台宗大阿闍梨・82歳)

 酒井雄哉(ゆうさい)師は天台宗大阿闍梨(だいあじゃり)で、82才の高僧である。天台宗には、千日回峰という行(ぎょう)がある。白装束に身を包み、短刀と紐とを携行し、比叡山の山中を7年間歩く。まず夜中の時に起きて、滝で身を清めてから、読経。1時半に出発して、8時間かけて260か所で祈願礼拝。これを5年間毎日続ける。だから千日回峰。ただしこの苦行はけっして途中で止めることを許されない。もし止めるときは自死を意味する。白装束も、短刀も紐も、その万が一のための用意なのだ。文字通りの、命がけの修行である。酒井雄哉師はその千日回峰を二回も達成したというから、言葉を失ってしまう。と同時に人間はやろうと思えば出来ないことはないのだ、奇蹟は起り得るのだ、という勇気を与えてくれる。
 酒井雄哉師の死生観は「今日一日は今日一日で終わり」ということに尽きるらしい。今日は今日、明日はまったく新しい人生がはじまるのだ、と考えるのだ。過ぎた昨日は忘れて、新しい今日を生きることにしよう。

BE-PAL 2008/11月号

BE-PAL 2008/11月号(10月10日発売)

風呂敷付録連動特別企画 風呂敷王子指南「風呂敷達人」養成講座

 グリコではないけれど、「オマケ」はいつもらっても嬉しいもんだねえ。今月号の「ビーパル」のオマケは風呂敷であるぞよ。それもタダの風呂敷ではない。かの忌野清志郎サマがデザインされた、ありがたーい風呂敷なのだよ、しかも忌野サマオリジナルの風呂敷について使い方を教えてくれるのだから、ますます有難いではないか。
 風呂敷はいうまでもなく一枚の布である。その一枚の布が知恵と工夫によって、カバンになりリュックになり帽子になり財布になってしまうのだから、面白い。さらには一枚の風呂敷に加えて、二枚三枚とふやしてゆくと、さらに用途は拡がってゆくだろう。風呂敷ってなんて偉いんだろうかと、今さらながら驚かされてしまう。ブランド物のバッグも悪くはないけれど、もっと身近な日本文化を見直そうじゃないか。いや、これは絶対、スシやオシボリと同じように世界に輸出できるはず――と、まあこんなふうに一枚の布からいろいろ知恵がわいてくるのである。

ニューズウィーク日本版 10/15日号

ニューズウィーク日本版 10/15日号(10月08日発売)

【Cover Story】ニッポン大好き

 生粋のアメリカ人、ジョンゴントナー(46才)は、たぶん世界でたったひとりの、外国人日本酒ジャーナリストである。ジョン・ゴントナーはそれ以前には、ITエンジニアであったという。それが1989年に、日本酒のテイスティングをする機会があり、以来日本酒の魅力にとりつかれてしまったのだ。
 ジョン・ゴントナーの目下の楽しみは、酒蔵見学である。ひと口に日本酒といっても、その仕込み方は一軒一軒まったく異っているところが面白いという。そしてこのように酒蔵めぐりをしては、海外のメディアに日本酒のすばらしさについて原稿を書いているのだ。
 ついでながら日本酒通であるジョン・ゴントナーの愛する6本は次の通り。「紅梅」、「七福神」、「渡舟」、「天狗舞」、「蔵人」、「高天神」。当たり前の話だけれど、世界広しといえども日本酒の文化を今なお保っているのは日本だけで、これが外国で評価される時近し。ただ、それがアメリカ人によってなされはじめているというのが、情ないではないか。

サライ 10/16日号

サライ 10/16日号(10月02日発売)

【特集】各界の“味のうるさ方”6人が我流を披露「すき焼き」東西自慢

まずはじめに断っておかなければならないことは、私は生まれも育ちも四国、高松である点だ。高松は味や料理についても関西文化圏で、すき焼きを幼い頃から食べた人間である。その私の舌からすると、好き嫌いという以前に関東すき焼きは実は「すき煮」が正しいのではないか、と思えて仕方がない。関西、ことの昔の関西ではすき焼きを食べたのだ。ああ、今は懐かしのすき焼きはいったいどこに消えたのか。
こんなふうに嘆いていたら、おっとどっこい、ちゃあんと由緒正しき? すき焼きを食わせる店が残っておりました。それは京都、寺町三条にある「三嶋亭」。明治16年の創業というから、古い。現在の主は5代目であるとのこと。「三嶋亭」では電熱器を使うらしい。そしてまず熱くなった鉄鍋に、雪を散らすように砂糖をまく。さて、その上から牛肉を乗せてゆくのである。で、肉に火が通りかけたらなら、少量のタレを加える。ほら、れっきとしたすき焼きでしょうが。今からすぐに京都へ行こう!


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