| 新潮社/増刊・別冊・ムック |
「私の言葉」 初代編集長 佐藤亮一 |
私が見た「怪物編集者」の素顔 ノンフィクション作家 佐野眞一 |
「週刊新潮」はこうして創刊された(前編) |
「太宰 治や幸田 文の担当編集者が突然週刊誌をやれといわれてねえ」 二代目編集長 野平健一 |
「家に帰らないので女かと思って会社を訪ねたら働いていたのよ」 野平夫人 野平房子 |
「谷内六郎さんはどうだろうって推してくれたのは齋藤でした」 創刊スタッフ/齋藤十一婦人 齋藤美和 |
「頭はどうでもいいから体力のある奴が集められたんだ」 創刊スタッフ 藤江英輔 |
「問題は取材でした。だって記者が一人もいないんだから」 創刊スタッフ 岩波 剛 |
「庭からひょっこり座敷に入るような文章を書けと言われました」 創刊スタッフ 鵜飼久市 |
「手の早い奴を募集していたというわけだよ」 創刊スタッフ 仁尾一三 |
「五味さんを拉致するために自家用車を買ったんですよ」 創刊スタッフ 南 政範 |
「『LIFE』や『パリマッチ』を見て研究しました」 カメラマン 平川嗣朗 |
「下宿のおばさんに金借りてスーツ作って撮影に行きましたね」 カメラマン 田澤 進 |
「文学座の女の子に宣伝カーの上から手を振って貰ったんです」 業務部 原田健次郎 |
「当社としても週刊新潮の印刷を引き受けるのは決断でした」 大日本印刷週刊新潮担当 金子永幸 |
「斎藤十一」二つのインタビュー |
「週刊新潮」はこうして創刊された(後編) |
「“子供と一緒にいるといろんなことを学ぶんだよ”と主人は常々申しておりました」 谷内六郎夫人 谷内達子 |
「創刊号はキヨスクに置いてもらえなかった」 販売課長 島田寅吉 |
「書店の前を通るたび販売促進のお願いをしていました」 広告部 八木研次郎 |
「トラックに『週刊新潮本日発売』って幕、張ってね」 正運社運送店社長 甲斐野 豊 |
「ボツはしょっちゅう 北海道からすぐ九州に行け」 編集部員 亀井龍夫 |
「カポーティの『冷血』を読めって言われました」 編集部員 赤塚 一 |
「“あの写真が最後になりました”という電話がありましたね」 カメラマン 稲村不二雄 |
「連載小説」全リスト〈180作品〉 |
「連載コラム」全リスト〈96作品〉 |
「週刊新潮50年史」 |
週間日記 野平健一 |
番外 男性自身 山口 瞳 |
[コラム] |
「創刊日の新聞」 まだ首相じゃなかった「岸 信介」とワカメの下駄 |
「世相・事件」 一億総白痴化で少年事件の「ケ・セ・ラ・セ・ラ」 |
「物価」 「戦後ではなくなった」節目の年の「30円」 |
「出版事情」 「石原“不慎太郎”」と大作家が嘆いた「太陽の季節」 |
[「創刊号」目次] |
表紙『上総の町』 谷内六郎 |
オー・マイ・パパに背くもの ──父と子のモラル戦後版── |
週間新潮欄 |
ブラジルの子等天理に帰る |
私生活が決した勝敗 |
●三大連載小説 |
鴨東綺譚 谷崎潤一郎 |
柳生武芸帳 五味康祐 |
おかしな奴 大佛次郎 |
小説 青い芽 石坂洋次郎 |
小説 目白三平の逃亡 中村武志 |
オウムの宿の主 |
▼週刊新潮掲示板 |
▼新聞閲覧室 |
▼レター |
▼大人のマンガ・読むマンガ |
●漫画 ポリスのポリさん 横山泰三 |
●旅 奥伊豆の山宿・湯ガ野──地図── |
▼囲碁 将棋 麻雀 |
▼解答 |
タウン |
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